※最終回後の妄想パラレル


 どんな罪さえも


   062:雨が総てを流してくれれば良かった、なんて君は呟く

 パラパラと地面を打っていた雨はしだいに舗装された道さえ潤すほどの驟雨となった。傘を備えて出かけていた藤堂はぎりぎりまで傘を使う心算はなく鳶色の固い髪が一房、はらりと額へ濡れ落ちてきたので諦めて傘を広げだ。最寄駅からいくらも歩かぬうちにこの状態では家へ着くころには足元は惨憺たる有様か、と苦笑する。繁華街を離れた鄙に居を構えたのは藤堂自身が望んだことだ。藤堂の実家も田舎にあり、そこをそのまま使っている。多少の増改築は両親が健在であった頃から行われており和洋折衷の奇妙な造りだ。日本家屋のなりをしながら屋内は板張りと畳敷きとの両方を備えている。親から継いだ仏壇も、藤堂は自分の代で始末することにしていた。藤堂は出来うる限り政治からは離れた。必要があれば出撃もするし腕も鈍っていない。それでも藤堂は己に出来るのは前線で戦うことだけだからと言って内政には一切干渉していない。時々呼び出されては予定や情勢、趨勢からはかれる紛争規模などの際に藤堂の戦闘知識や技術が入用になって呼び出される。藤堂の技術力は特に重く見られて後進に道を譲るつもりで藤堂は教える立場を請け負った。
 軽めの惣菜を昔ながらの商店街の惣菜屋で購入した。ショッピングモールなどと言うしゃれたものではなく魚屋があったり肉屋があったりと言った昔ながらの商店街である。いつも同じ服が並んでいる洋品店や午後から店を開く焼鳥屋など藤堂の思い出から一切変わりない。だからここを通るたびに藤堂は、ここは守ることが出来たのだなと茫洋と思った。数多の戦火も鄙にはあまり及ばない。ぬかるんだ土道を歩きながら藤堂はゆっくりと帰る。ばらばらと雨滴が傘を打つ音は鼓のように藤堂の体内へ響いた。
 家の前で藤堂は立ち尽くした。それでも脚は速度を速めも緩めもせずに歩いて行く。いつからそこにいたのか、古めかしく庇のある門にもたれてそれはいた。濡れ羽色の髪はしっとりと濡れそぼって衣服など白いシャツがその細い肩を透かし見せていた。長めの前髪から垂れる雫を拭おうともせず、それは何かに耐えるように険しい顔をして口元を引き結んでいた。
「…――…る、る」
ルルーシュが振り向いた。ぱっと散った雫が夜の明かりを反射してきらりと光る。辺りはいつの間にか夜半であり、軒灯もともり始めている。玄関の戸締りや雨戸を閉てる音や鎧戸を下ろす騒がしい音が断続的に響き、その間二人は茫然と邂逅したまま動けずにいた。藤堂は携えた惣菜が一人分だがどうするかとどうでもいいことを考えて逃避していた。対面当初こそ喜ぶように華やいでいたルルーシュだがどこかおかしい。黙りこんで俯き加減になったままだ。髪から垂れる雫は涙のようにルルーシュの薔薇色の頬を滑った。そこで藤堂は自分は傘をさしているがルルーシュは雨ざらしであることに気付いて慌てて潜り戸を開けた。
 「ここから入ればいい。ちょっと背をかがめてくれ」
言われるままにルルーシュは潜り戸から藤堂宅へ入り込んだ。猫のように飛び石を身軽く歩き、主の手を離れた庭など見もしない。玄関口で進めぬという不満を示すように頬を膨らませた。紅い唇が山形をかたちどる。紅でも差したら映えそうだと思いながら藤堂は手加減の要る施錠を解いた。それでも上がらぬのはルルーシュは自分が濡れ鼠であることに気付いているからだと藤堂も気づいた。
「タオルを持ってくる」
藤堂は傘を玄関の傘立て代わりの甕に突っ込むと慌ただしくタオルを何枚か持ってきた。ルルーシュは俯いたままありがとう、と言って髪や体を拭う。藤堂はまだ肌寒いがストーブに火を入れた。寒暖の差が厳しい頃あいであり冬ものをしまい込むか迷っていたが出してあったので使うだけだ。風呂が沸くまで時間もかかる。ルルーシュは線の細い顔立ちに違わず体つきも細いから注意が必要だ。同じように痩躯であった卜部と言う部下は季節の折々で体調を崩すと言っていたからそういう傾向にあることを懸念した。
「すぐそこが板張りの部屋だからそこでストーブをつけたから温まりなさい。風呂をたてるから。濡れたタオルをこちらへ。新しく必要か?」
ルルーシュは力なく首を横に振ってストーブの前に落ち付いた。何も言わないがシャツさえも脱がない。肌に張り付いて気持ち悪かろうと思うのだが脱げというのも何故だかはばかられて、風呂へ入れればいいかと藤堂は決着をつけた。風呂場で一通りを準備をして、後は湯が溜まるのを待つだけだ。両親が不便に思ったか、熱湯と冷水の出る蛇口を備えながらガスで沸かす機械もついた何とも言えぬ湯殿である。こういうときは楽だ。
 ルルーシュのダンマリと纏う空気に当てられたのか藤堂も食欲がなく、ルルーシュに何か食べるかと訊いたが返事がない。なので作らなかった。ルルーシュが腹が減ったと騒ぎだしたら買って着た惣菜で何か作ろうと考える。甕覗きの地に鉤模様が紺藍で染め抜かれた浴衣を持って藤堂が声をかけた。
「風呂の用意は少しかかるからこれに着替えなさい。濡れた服を着ていては風邪を、ひ」
その刹那、ドンとぶつかられた衝撃だけが藤堂の脳裏を埋めた。咄嗟に取った受け身で藤堂はなんともないが、飛びついて来たルルーシュの方が念入りに藤堂の体を点検している。
「どうかしたか」
ルルーシュの濡れ髪はある程度拭われていたものの不揃いに房が出来る程度には湿っていた。襟足が割れて白いうなじが覗く。すんなりと細い頸で無粋な頸骨の突起もない。顔から続いてその爪先までを包む皮膚はまるで一枚の絹のようだ。流れがあり肌理も細かく滑らかだ。雨に濡れてふやけたのはピンと緊張した張りでルルーシュの体のどこかに触れているとそこから熱が侵蝕しているような気がした。平素なら張り詰めて侵入も侵食もしないルルーシュの体は今やあらゆる情報を解きはなっていた。雨に濡れたルルーシュの手が、肩が、腕が、胸が、脚からでさえもルルーシュの尋常ではない情報と熱が藤堂を犯した。藤堂はそのままルルーシュの熱が藤堂の体を呑みこもうとするのを放っておいた。藤堂自身、守りたい自我などない。様々な暴力にさらされてきた藤堂から見ればルルーシュの侵蝕はあまりにも優しすぎる。
 ルルーシュの紫雷の瞳が奇妙にギラギラと強く藤堂を睨めつけた。藤堂は怯みもせずにそれを受けた。その強さは彼が皇帝として君臨した時にさえ感じないものだった。純粋な情念。恨みつらみかもしれないし恋慕や親愛の情かもしれない。責めるように強くギラギラと輝いている。
「お前は何も訊かないな。あの傷で生きているとか、悪逆皇帝が何故ここにいるか、とか――」
ルルーシュがバリッと濡れたシャツの前を開いた。濡れた包帯が張り付いてそれはまるでルルーシュ自身の皮膚のように同化していた。そこからジワリと紅いものが浮かんでいる。
「あの傷は深くてな。回復するのに時間がかかったよ。しかも隠密裏に事を進めたからな。身を隠すというのは傷の回復にはもってこいだが時たま素早く逃げねばならんから過酷でもあるな。なかの肉はつっくいているんだがな。表皮だけが時折こうして裂けて出血するのさ。太い血管には及ばない傷だから大事もない。オレがおとなしくしていれば済むだけだ。お前は本当に何も訊かんな」
ルルーシュは場違いなほどくるくる表情を変えて明るく語る。それがまるで虚飾のようで藤堂は口が利けずにいた。藤堂が相対してきたものや戦闘は常に本音だった。意見を呑みこむこともあったがそれは相手の本気を感じ取っていたからこそでもある。
 「…何故、私の家に来た。雨の中、濡れてまで――」
ふぅ、とルルーシュは吐息交じりに微笑んだ。
「オレはナナリーのための世界が欲しかった。スザクもそれに応えてくれた。オレは退場するべきで。でも」
いつの間にか藤堂はルルーシュに押し倒されていた。両手首を掴まれる。上に覆いかぶさられて、それでも藤堂はルルーシュから圧迫や敵意を感じはしなかった。
「お前がオレの死を悼んでくれないかもしれないと思うと気が狂いそうだった。それがオレを生かした。それだけでオレは生きた。オレはお前に認めてほしかった。見つけてほしかった。何もかも終わったら一緒になりたかった」
ルルーシュの声が震える。奇妙に紅く熟れたような唇が戦慄いた。

「オレはお前に愛されたかった――」

そのためならどんな人でなしにもなってやる。こうしてほら、死地から還って来た。ルルーシュが濡れた顔を藤堂の胸へ押しつける。じわじわと沁みてくる液体がなんなのか藤堂は考えないことにした。この家は人でなしばかりが集まるな。藤堂は心中で呟いた。遠く霞むような幼いころの両親の話を思い出す。広い庭や水錆びや池や沼があるお宅は特に要注意よ、庭木も茂って、それが人でなしを集めて隠すの。夜になったら騒がしくなるわよ。
 「誰かが寄ってくれるなら、私はそれで構わない」
藤堂は濡れそぼったルルーシュの体を抱擁した。ルルーシュは応えるように藤堂の内部にまで侵蝕する。ルルーシュの熱が沁みてくるような錯覚に藤堂は交わってもいないのに高揚を感じた。途端に明敏になった感覚がざあざあと滝のような音をとらえる。藤堂の頭の中であっという間に原因がつきとめられ、藤堂はルルーシュをはがしながら起き上る。
「風呂の湯を満たしすぎたようだな。見てくるから、君は入浴の支度をしなさい」
ルルーシュから移った水気がほとほとと藤堂の衣服を濡らした。湯殿から溢れる湯に、藤堂は靴下を放り脱いで蛇口の栓を閉めた。びちゃびちゃ足音を言わせながら足ふきまでたどりつく。石鹸や溶剤を指さし確認して好し、と一人で納得する。もともと手入れなどには縁遠いから必要最低限くらいしかない。
 藤堂は納得してからルルーシュを呼んだ。溶剤や石鹸の説明をしてから引き下がる。ルルーシュが一緒に入りたそうに藤堂のシャツを掴んだが藤堂はするりと逃げた。あのままだと藤堂の側からも情報を放出しかねない事態だっだからだ。野放図に放たれた熱や情報は時に体の交わりと言う発散方法を必要とする。怪我人を相手にそう言った無理はさせたくなかった。ルルーシュが湯を使い始めた気配を感じてから台所へ立つ。やはり何か腹に入れねば。空腹だから自暴自棄になるのだ。衣食住が揃って初めて人間は理性的になれる。藤堂は少なくともそう思っている。それでいて藤堂はそのどれが一つが欠けても理性を保てるよう訓練している。
 ばらばら、と台所の窓硝子を雨が打ちつける。案外ひどい暴風雨のようだ。帰宅を早めて本当に良かったと思う。華奢で怪我人であるルルーシュを晒すには過酷すぎる環境だ。着替えとともに救急箱も置いておいたから勝手に手当てをするだろうと踏んでいる。助けが必要ならば呼ぶ。藤堂が待ち構えて怪我の手当てを、着替えを、と言うのをルルーシュはあまり好まない。ルルーシュは特権階級にありがちな受け身な態勢を驚くほど身につけていない。一人で車いすの妹の面倒を見ていたのがその表れだ。自立心が強い子だ、と藤堂は思う。食膳を整えて藤堂はルルーシュが風呂から上がるのを待った。風呂から上がったルルーシュは藤堂が用意した浴衣を身につけている。ストーブは弱火にしたから蒸し暑くないはずだ。
「腹に何もいれていないだろう、食事を用意したから食べなさい」
ルルーシュは素直に示された席についていただきますと箸を取った。ナイフとフォークの世界で育ったルルーシュに箸は扱いにくいらしく不慣れな子供のような使い方をする。藤堂は完成された食べ方だ。箸運びや椀も手に持つし箸使いの無作法もしない。唐突にルルーシュの肩が震えた。それがなんであるか藤堂は気づいたが言及しなかった。ぼとぼと、と滴が垂れる。涙も洟さえも垂れ流してルルーシュは泣いた。藤堂はそれを訊かない。
 「不味いかい」
「美味いよ。だからオレは、お前を」
その後は言葉にならなかった。ルルーシュは声をあげて泣いた。慟哭だった。自ら進んで世界の悪意をその細身に集め衆人環視の中での粛清。それで彼の台本は終わった。だからルルーシュはここで藤堂の手料理を食べているということはまったくのイレギュラーなのだ。それさえも藤堂は受け入れてくれる。
「藤堂、オレはな、わざと雨に打たれていたんだ。そしてお前を待っていた」
藤堂は黙って箸を運ぶ。
「雨が俺の罪すべて流してくれたらと思ったよ。そうして綺麗な体でお前に会いたかった。お前を…――抱きたかった」

「私のような咎人を抱きたいと言ってくれるなら、いつでも抱きに来ればよい」

ルルーシュは顔を隠すようにして飯茶碗を持った。少ししょっぱくてぬめる白飯をかきこんだ。藤堂の食事は美味い。
「…一緒に、暮らしたい」
「私などでよければ構わんが。この通りの無駄に広い家だ。好きな部屋を使えばいい」
ぐず、と洟をすすって涙に塗れた顔でルルーシュが笑う。藤堂はにこりと妖艶に微笑んだ。

「ありがとう」

君に会いたかったんだそれは嘘じゃアないンだよ?


《了》

ルル藤とかどうかな! 藤堂さんて包容力抜群だしルルはさみしがりだしちょうどいいと思う!
妄想大爆発。            2012年4月29日UP

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